2つのアランフェス協奏曲から

私がスケートを見始めたきっかけは03年のGPファイナルの、村主章枝選手の演技から、というのはちょっと前の日記でも触れたのですが、なので私は旧採点の時の演技やプログラムをあまり知りません。ただ、スケートの採点は「6.0」ということはずっと頭に入っていたので、逆に新採点になったときに戸惑った覚えがあります。「あれ!? 6.0じゃない! 何ファイブコンポーネンツって! セカンドマークじゃないの?」って(苦笑)
なのでどっぷり新採点世代ですが、新採点と旧採点だとどちらが面白いプログラムを滑っていたか、と聞かれたら、本当は旧採点の方だと思うのです。特にフリーは。スケオタになってからちょっとは演技をあさったので、ほんのちょっとだけ知っている人間から見れば。
例えば今ではイリヤ・クリムキン選手が「牧神の午後」で見せていた5つのスピンなんかはルール上絶対に見られない。ヤグディンのトゥステップ、キャンデロロのダルタニアンステップだってレベルが取れないからわざわざ入れる選手なんかいなかった。一応10−11年にそれらの「曲想にあったステップ」として男子フリーで「コリオステップ」が設けられたけど、それまではいっちゃ悪いけどみんな似たような感じに滑っていたなぁ感が拭えないかもしれません。
新採点になってから、ジャンプだけではなくスピンやステップもジャンプ同様に評価されるようになった、というのはとっても喜ばしいことだと思いますが、逆にそれがスケーターを一杯一杯にしているような気がします。発言として有名なのは、バンクーバー五輪で金メダルを獲ったエヴァン・ライサチェックの言葉。「今のルールではレベルを取ることで精一杯。他の事を考えている余裕とかがあまりないんです」といったようなニュアンスの言葉を残していましたし、彼のライヴァルであるジョニー・ウィアーも「この新採点法はスケートの美しさを奪ってしまったんです」とバッサリ切っていましたっけ。
で、何でワタクシがこんな話をしているかというと、この新採点プロと旧採点プロっていうのは、同じ曲で比べてみるとかなりわかりやすいと思うのです。
一つ比較してみましょう。今季のパトリック・チャン選手のプログラムはロドリーゴの「アランフェス協奏曲」。男子シングルで「アランフェス」と言えば、旧採点時代からのファンならすぐにこの方を思い出すでしょう。そう、本田武史さんです!
パトリック・チャン選手と本田武史選手。同じ男子シングルの選手でアランフェス協奏曲。さらに、振付師も二人とも同じくローリー・ニコルです! いやー、ここまで被っちゃっていいんでしょうかねー(爆笑)。


パトリック・チャン 2011年スケートカナダ


本田武史 2002年 ソルトレイクシティ五輪


チャン選手も本田さんも、演技の中でミスはありました。
両選手ともクワドまでジャンプが飛べ、他の要素でも充分に定評がある選手です。スケーティング、スピン、ステップ、どれをとっても一級品の技術を持っています。(あ、3Aは本田さんのほうが上ですね)
ルール上、「より高度なことをしているのはどちらか」と聞かれれば、そこはチャン選手なのだと思います。
それには理由があって、新採点になってからかつてセカンドマークと言われていた部分は、5つの要素に区切られて採点されるようになりました。この5つの項目の中に、「技と技の間のつなぎ(トランジション)」があり、例えばジャンプとジャンプの間に絶え間なく振り付けや複雑なステップが踏まれているか、というのを見るんです。5項目の中でも表現に定評のある選手でも評価が低くなりがちなところで、バンクーバーのときプルシェンコ選手がこのトランジションで下げられた騒動があったのが記憶に新しいと思います。
パトリック・チャンという選手は、恐らく世界でも1,2を争うほどトランジションが盛りだくさんな選手だと思います。トランジションで彼に匹敵する選手って、本当に片手で数え切れるぐらいではないかと。代表例を挙げるとアボットや高橋ぐらいしかいないんじゃないかな? (寧ろアボットのほうが盛りだくさんかも。特に10−11シーズンにショートのステップが一個減ったら、よりつなぎが変態化してきてる気がするww)


ですが、、「どちらがより魅力的に滑っているか」もしくは「どちらがより魅力的なプログラムに見えるか」と聞かれたら……。私は、荒れ果てた戦場で一人たたずんでいるような哀愁のある、本田さんのアランフェスだと思うのです。
これは個人的な意見ですが、新採点になってから、「あ、この選手は音をよく聞いているな」というような印象を持たせる演技が少なくなったような気がします。実際、音にあわせたスピンやステップを行うと、レベルを取りこぼして点数が伸びない、というマイナス要素が生まれてしまう恐れがありますから。
佐藤有香コーチが「今のルールではあまり、スケーティングを生かし、ゆったりとした余裕のある演技がなくなったように思います」と、田村明子さんの著書の解説で仰っていましたが、これは有香コーチの仰るとおりなのではないかと感じています。スケーティングを生かし、ジャンプやステップが「一要素」ではなく「プログラムの流れ」の中にあるこの演技こそが、旧採点法の中にあり、そして新採点法の中で失われつつあるものなのではないかと思います。
本田さんの演技は、その音をしっかりと捉え、かつ優雅なスケーティングでプログラムを魅せてくれた、と私は思うのです。


あるとき、昼食の席でアランフェス協奏曲の話になり、そのときに私はボソッと「本田武史……」と呟いてしまった記憶があります。どなたかギタリストの方がアランフェスを弾いたようですが、私の中ではアランフェスといえば本田武史さん、本田武史さんといえばアランフェスなのです。この印象は実は、チャン選手のアランフェスを見た後より強くなったような感じがします。ぶっちゃけて言っちゃうと、チャン選手のを見ても「うまいけど味気なー」と思ってしまうのもあるのかも(苦笑)。多分これは感性の問題なんだろうけどね!


まぁ、新採点と旧採点のプログラムの違いっていうのは、フリースケーティングが全然フリーフリースケーティングじゃない、ということと、「プログラムの印象」をより重視するのが旧採点法のプログラムだ、ということです。ショートは特に違いはありませんが、同じ点数の選手が2人いた場合、ショートだと技術点が高い選手の順位が上になる、ということです。