菅野隆宏「流浪刑のクロニコ」

本当は こっちのサイトで書くはずのラノベ評(「ラノベハンター」という名前がある)なんですが、久々に受賞作での良作に出会ったので。
ブログでラノベ評をします。「流浪刑のクロニコ」です。


「流浪刑のクロニコ」菅野隆宏/ジャンプJブックス

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いつだって、別れは切ない。
永遠に世界をさまよう刑罰『流浪刑』を科された少年・クロニコ。
彼は幾多の世界をさまよい、様々な人々と出会い、心を通わせていくが、
『流浪刑の刻印』は絶対にクロニコを引き離していく……
――帯の紹介分より引用。

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08年に従来のジャンプノベル大賞からリニューアルし、生まれ変わったのがジャンプ小説グランプリ。年3回チャンスがあり、フリー部門だけではなくテーマ部門があるのが特徴の一つ。
リニューアルしてから金賞は出なかったが(よくてSOWの「私立エルニーニョ学園」の銀賞かな?)、今回再びのリニューアル前に、初の金賞が現れた。それが今作である。
この小説に関しては、この賞の先達である乙一が絶賛の言葉を寄せている。私にとっても多大に頷ける部分があるので、引用させていただく。


――『価値のある一冊。』ライトノベルの流行とは無縁の位置にある、普遍的なファンタジー文学。世界の抽象が寓話性を高め、この世ではないどこかを見事に描き出している。


乙一ライトノベルに関して、「内容の薄さを絵でごまかしている」「『ジハード』がライトノベルのくくりから外れてうれしい」等の発言を残している。恐らく、ライトノベルの性質や諸作品などに疑問を持っていた、もしくは今でも持っているのではなかろうか。
作品の質や「純粋に面白いと思える」作品ではなく、流行やテンプレートに乗った作品が多い中で、これは私の推測なのだが、乙一自身は「ライトノベルの流行とは無縁の位置にある」作品を待ち望んでいたのだろう。
そう思うのは、私も「ライトノベルの流行や『ライトノベル性を意識したライトノベル」以外のライトノベルを待ち望んでいたからに他ならない。

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この小説は、「世界をうつろい続けなければならない」少年の出会いと別れの話である。
少年の名前はクロニコ。クロニコ少年はうつろう世界の先で、様々な刑を背負った人間に出会う。石を積み続ける少女。ひたすら本を読み続ける少女。同じ一日をずっと生き続ける少女。だが、どんなに人と出会っても出会っても、クロニコの持つ「流浪刑」の象徴たる刻印が別れへと導いていく。
だが、協調されているのは別れの「せつなさ」ではなく、クロニコ少年の「その世界にうつろい、次の世界にうつろいゆくまでの過程」だった。
クロニコ少年が体験することはドラマティックな事柄が多いが、作品自体は決してドラマティックな物語ではない。ゆったりとした均衡を持って話は進められていく。
この作品の雰囲気。「移り移ろい、再び巡り、そしてまた移ろう」という言葉に丁度マッチしている。キャラクタ自体も個性的かつ、奇抜なキャラクタが多いが、それが作品の空気に邪魔になっていない。それはこれが、「クロニコ少年の出会いの物語」であるからだろうと私は思う。
クロニコの物語には「何かの代償に、何かの刑を背負った人間」がたくさん出てくる。何の代償で、どうしてその刑を背負うことになったのかは明確に描かれていない。刑以外の記憶をほとんど失うからだ。
ただ、明確に描かれなくとも「その刑を全うとしようとする」というところで、代償の意味を重くしないようにしている。それは「その刑を後ろ向きにとらえずに、代償を乗り越えて与えられた意図を見つけ出す」ことにも通じていく。


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この本で私が一番絶賛したいのは作品の性質だ。この作品は、中高生も、小学生も、ラノベ好きも、普通の読書を好む人も、みんな読める。「大人向けのライトノベル」だろうか。それとも「子ども向けの一般書」だろうか。もっと純粋に「児童文学」だろうか。
きっとどれも違うと思う。そしてそういった意味づけは必要ない。
萌えも、毒気もない。流行でもない。平坦で穏やかで、それでも少しの切なさと「後ろ向きにならないで」何かを全うとする人々の物語。そしてその象徴がクロニコ少年の「流浪刑」である。
是非、読んで頂きたいと思う一冊である。