カルメン・オン・アイス

久々にスケートの話題。
オペラ「カルメン」といえば、ラフマニノフのピアコン2番とロミオとジュリエットと同じぐらいスケートでは使い古された音楽ですが、印象に残った演目というのは少ないように思います。
そんなわけで今回は「カルメン」のお話。


まず真っ先に思いつくのが、カタリナ・ヴィットの「カルメン」。カルガリー五輪でのFSでしょう。

カルメン」を演じる女子選手は多いです。これからも誰かが演じるでしょう。サーシャ・コーエン安藤美姫浅田真央長洲未来……。
でも今のところ、女子シングルにおいて、ヴィット以上に凄味のあるカルメンに出会ったことがないですね。凄味のあるカルメン、はアイスダンスで多いような気がします。(後述)


男子での「カルメン」。とりあえずエヴァン・ライサチェクトリノ五輪のFS。

うわあ、なんか若々しい!
ワタクシはライターの田村明子さんが言うほどライサチェクから「長い手足を生かした華やかさと情熱さ」というものは感じず、どっちかっていうと長い手足を若干もてあましているような印象を受けるのです。バンクーバーの頃はそれがちょっと顕著だったように思います。
この06年の頃のライサチェクの演技のほうが、実はパッションを感じます。直情的な感じというか。
で、この「カルメン」は……どっちなんでしょうね。衣装を見るとエスカミーリョじゃないけど、ライサの衣装はあてにならんしな(苦笑)。正直ライサの個性にあっているのは、華やかな闘牛士よりもホセのほうが似合っている気がしている。
でも私の中でのホセはライサではなく南里君なのよー。


カルメン」のシングルプログラムで何よりも好きなのは、南里康晴のフリー。06年全日本選手権の演技は特に素晴らしかった。

このプログラムがなければ、振り付け師パスカーレ・カメレンゴが高橋大輔と出会うことは、もしかするとなかったのかもしれません。カメレンゴが初めて振り付けた日本人は、南里君だったのです。
彼が演じたのは華やかなエスカミーリョではなく、野暮天のホセでしょう。ワタクシがこの南里君のカルメンが大好きな理由は、一点です。それは「ホセを演じているから」。「カルメン」は悪女に惚れて勝手に自滅する男の物語でもありますが、実はスケートでホセを演じている方は少ないように思うからです。雑誌ではシャイな九州男児、とよく紹介されていまいたが、そう考えると彼の個性に非常にミットしていたのかな、と思います。ワタクシが彼のスケートの何がいいって、非常に丁寧な滑りと、決まった時のジャンプの美しさとダイナミズムなんですよね。音を拾うのもとっても丁寧。
ワタクシがこのプログラムで一等好きなのは、やっぱり最後。延ばす先には、自分(ホセ)が刺したカルメンがいたのか、後悔か悲しみか、つもりに積もった愛があったのか……。そんなことを最後の指先でひっじょうに感じるからです。
要するに「お前の愛が痛いよ」という痛々しい感じが、ワタクシにとっての理想のホセです。


で、シングルよりもアイスダンスのほうが凄味のあるカルメン多いかもー、というのでさっき発掘したもの。
85年ヨーロッパ選手権での、ナタリア・ベステミアノワ&アンドレイ・ブーギンのフリーダンス。

元々旧ソ連系のアイスダンスはドラマティックなものが得意だったようです。特にそれが得意だったのがベステミアノワ&ブーギンのカップルで、このプログラムはかなり演劇的かつ芸術的です。それは彼らのもとに一時的に習いにいった羽生君も影響を受けたようです。去年の中国杯以降、彼のロミジュリが一気にドラマティックさを増したのが記憶に新しいです。
これは誰が振り付けたプログラムか。実はタチアナ・タラソワです。いい感じにくどくて好きですね。ていうのも、「カルメン」は愛憎の物語でもあるから、あんまり薄味に作られてもなぁ、って感じなのですよ。


あとはタチアナ・ナフカ&ロマン・コストマノフのトリノ五輪フリーダンス

これは華やかなカルメンエスカミーリョ。くどさが私の好みです。
ナフカも凄味があるなぁ。

まだ確認はしていませんが、クリロワ&オブシャンニコフのFDがあります。


これは最早ある意味で別格、というのはプルシェンコソルトレイクシティ五輪でのFS。

やけくそカルメン、という名前でファンの間では有名。
何が凄いって、エスカミーリョ→カルメン→ホセ→最後なぜかカルメン……と、演じ分けが完璧にできてるから!最後カルメンよみがえったああああああああ!!っていうのが受ける。
何でやけくそだったかっていうと、当時のルールではSP4位だと自力での優勝はできないからです。3位までに入っていることが第一条件だったのです。
ジャンプのミスによりSP4位。最大のライヴァルのヤグディンはSP1位。でもヤグディンは「4回転飛ばなくても勝てるよ」と当時のコーチのタラソワから太鼓判を押されていて。
背水の陣で挑んだのがこのフリーです。しかしこの腰振り、女子よりあでやかっていのは何事じゃ。




オペラで「カルメン」を見るのも、無声映画の「カルメン」を見るのもいい。
ですが、華やかな、そして各々の個性がよく出る氷上の「カルメン」を見るのもたまにはいいのでは?