中野友加里の良さを知って!

年も明けました。今年もよろしくお願いします。
年内に全米、全カナダを残してほとんどの国内選手権が終わりました。日本のスケート界は、年明けはアイスショーシーズンになります。

さて、年明けのアイスショーで、こんなニュースが流れました。

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3回転半、新年の挑戦 浅田真央アイスショー
http://www.asahi.com/sports/update/0107/NGY201301070045.html
(2013.1.7 朝日新聞

フィギュアスケート浅田真央選手(中京大)が7日、名古屋市日本ガイシアリーナで開かれたアイスショー「第10回名古屋フィギュアスケートフェスティバル」に出演し、今季の公式戦で封印していたトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)に挑んだ。

ショートプログラムの曲で滑った演技の冒頭で試し、回りきれずにバランスも崩して両足で着氷。直後に苦笑いを浮かべた。

今季、浅田選手は代名詞とも言えるトリプルアクセルを演技に組み込まず、グランプリ(GP)シリーズの2大会、GPファイナル、全日本選手権で優勝。12月の全日本の後に「試合で決めることができるようになったら、初めて満足できる」と話し、今月5日には「シーズン後半はトリプルアクセルを入れたい」と語っていた。その決意を地元ファンに披露した格好となった。

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……句読点がやたらと多いこの見出しに若干辟易しなくもないですが、へぇー、浅田さんがトリプルアクセル挑戦したんだーへー。















………………んなこといちいち記事にすんなよ!!!

何で? 普通に「トリプルアクセルを試してみた」ってだけでしょ? 別にニュースになるようなことでもないじゃない! 別に特別なことじゃないでしょ!!
あ、続きの「シーズン後半に3A入れる」名言? それはGPファイナルの時も言ってたじゃん。3−3やるっていう事も含めて。

いや、確かに真央ちゃんしか今試合で飛ぶような選手はいませんけれど、「3A飛んだよ!」とかいうことが、でも、それならば、何故ゆかりさんにそのスポットライトが当たらなかったのだあ!!!


畜生マスコミは女子選手と言ったら真央ちゃんばっかだし! この国のマスコミはロリコンしかいないのか!!
ていうか、その浅田さんの技術が、実はわりと結構危ういものだってのしってますか!? 下手すりゃトリプル2種なんですよ!!
3A=真央ちゃんみたいな図式が成り立ってるし! 中野さん忘れてないか!!

こんな記事を見つけてしまったので、私は今から中野さんについて書きます。日本には3Aを飛べる彼女がいた! 真央ちゃんだけじゃない!!
皆が言わないなら俺が言ってやる! 
題して「今だから私は語る! 中野友加里さんの良さを知って!」

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中野友加里さんは、4歳でスケートを始め、02年に世界ジュニアで2位に入りました。同年のスケートアメリカでは10年ぶりにトリプルアクセルを決めた女子として注目されます。シニア移行時の彼女の海外メディアが付けたあだ名は「クレイジーガール」で、めちゃくちゃ難しいジャンプ構成を飛ぶことで有名になります。
ただ彼女のシニア移行時は新採点法へと移行時期と重なっていたため、シニア上がっての数シーズンは結構つらいものでした。03年にはシングル選手ではなくて、ペアに移行するかとも思っていたそうです。実際に佐藤有香さんからの紹介でジェレミー・アレン選手のトライアウトを受けたこともあるそうです。ですが、シングル選手として活動することを選びます。
転機になったのはトリノシーズン。それまで教わっていた山田満知子コーチから佐藤信夫コーチのもとに移籍して2年目でした。スケートカナダトリプルアクセルを決めて3位に入り、太田由季奈の代替で出場したNHK杯では優勝。初のグランプリファイナルでも3位に入りました。

NHK杯の時の。この時初めて私は中野さんを知りましたが、見て一発でファンになりました。
しかし全日本選手権では5位になり、ポイント4位。ポイント3位の荒川静香さんとの間は、1ポイントにも満たないものだったそうです。
その後、バンクーバーを目指して世界の第一線で戦いますが、09年の全日本選手権では3位。鈴木明子さんとの差はわずか0.17ポイント差でした。この全日本が結果的に最後の試合になり、10年3月に引退表明。現在はフジテレビで活躍されています。

かなり大雑把に書きましたが、以上が中野友加里さんの軌跡です。では、実際に演技を見てみましょう。

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まずゆかりさんのトリプルアクセルですが、DGや回転不足判定が多かったため、あまり言及されませんが、回りきったときの彼女の3Aは本当にきれいでした。

フェドール・アンドレーエフ選手とのサイドバイドサイドからのトリプルアクセル。これはきっちりまわりきっています。
真央ちゃんの3Aとの決定的な違いは、回転の速さやDGの多さよりも、離氷にあるのではないかと個人的には思っています。
あとマスコミさんから「高速ドーナツスピン」というあだ名がついていましたが、、確かに彼女のドーナツスピンは、早い。ていうか、スピンになるとどんどん姿勢を変えてくるのがすごいです。

スピンの名手、トリプルアクセル含めて6種3回転ジャンプもち、ということであまり言及はされていませんが、ゆかりさんが得意だったのはそれだけじゃありません。実は彼女は、日本屈指のスパイラルの名手でもありました。それがわかるのがトリノシーズンのSPムーランルージュの「ボレロ

アラベスクポジションからここでディープエッジを使ってのエッジチェンジ、フリーレッグをつかんでキャッチフットポジション、仕切りなおして別の姿勢でのキャッチフット、Y字ポジションから足の高さを変えないでさらにアラベスク、と、五つの姿勢を見せています。
このシーズンはスパイラルは、規定上3つ以上の姿勢で行っていたので、レベル4をとれる選手が案外少なかったのです。このシーズンから引退するまで、私が知る限りではスパイラルでのレベル4以外は、09年のグランプリシリーズの時だけです。(エリボンのフリーはレベル3、NHK杯のフリーはレベル2)
またこのゆかりさんのアラベスクで凄いところは、1)ディープエッジでのエッジチェンジがスムーズ、2)Y字からアラベスクに移る時、足の高さが変わらない、に加えて、3)上体がちゃんと起きている、ことがあげられると思います。スパイラルの時上体がちゃんと起きていない選手は多いと思う(誰とは言いません)ので、これは貴重です。
弱かったのは、まぁステップですが、これはシーズンを重ねるごとによくなっていったなぁと思っています。

ただし、トリノ五輪以降、彼女の技術や表現にマスコミ的にスポットライトが当たることはあまりありませんでした。トリプルアクセルの話題はほとんど浅田選手の方に行ってしまっていましたし(これは今でも恨んでる)、「第三の女にも注目を」的なことしか私は見たことがありません。この時から「3A飛んでるのは真央ちゃんだけじゃない、ゆかりさんもいるの! もっと見てよ!」と思っていたものです。
そんな中魅せてくれたのが、08イエデポリワールドでの「スペイン奇想曲」でした。



このワールドの女子の最終グループで、ノーミスだったのはゆかりさんしかいません。それも浅田さんの後の最終滑走者でした。SP3位で十分に表彰台が狙える位置です。
結果は4位。この時の報道も、真央ちゃんにしか行きませんでした。日本人の新世界女王誕生、だからもありますが、あまりにも報道が偏っていたように思います。イエデポリでの翌日の新聞のトップを飾ったのは、表彰台者3人(真央、ヨナ、コストナー)ではなく、4位の彼女でした。
ゆかりさんの演技が終わった後、会場から起こったのはスタンディングオベーションで、採点後に出たのはブーイングでした。FSの採点が低いことからです。アメリカの解説者は「チャンピオンズ、パフォーマンス!」と彼女の演技に対して言いました。彼女は勝者たる演技を行った。少なくとも私もそう思います。ジャッジが「優勝者である選手」を浅田選手としたならば、「スカンジナビウムの観客が一番愛した選手」は紛れもなく中野友加里さんだったのです。
ジャッジは相対的に点数を出すのではありません。その時の選手の、演技で現れた純粋な表現なりパフォーマンスなり技術を採点します。われわれファンは拍手や賛美はできますが点数を出すことはできないのです。だから私は、この時の結果がどうであれ、ゆかりさんとともに受け止めなければなりません。
だからこそ、この時のゆかりさんの演技にもっと注目するべきだと私は思います。
最初の3Aを転倒により無得点にしてしまい、そこから立て直して優勝する浅田選手を賛美するのは簡単です。フジテレビの扱いがどうであれ、彼女は勝者として帰国したのですから。
では、何故あのゆかりさんの演技が表彰台足りえなかったのか、それを踏まえてのあの時の演技についてを語るべきだったのではないか。少なくとも、私はそう思います。
まぁ、着氷した3Aと終盤の単独フリップが回転不足取られちゃったのが痛いんだけど。それが直接の原因かな。どっちかが足りてれば3位には入れてたかも。(黒いこと言っちゃうと表彰台のてっぺんに立ってる人がおかしいとおもげふんげふんだってジャンプ一個ノーカン、ルッツはe、スパイラルはレベル1の人をどう評価すれば)


ここまで技術に関して書きました。次に、表現について書こうと思います。
身体を使って音楽を表現するにあたって、私は4つの違いがあると思います。
1)音楽に合わせて、ただ練習した通りに動く
2)音楽を理解し旋律に寄り添うように動く
3)自分の中にその音楽性をとりこみ、音にカッチリと合わせて動く
4)音楽を理解し、旋律に寄り添った動きをしつつ、その動きの中で自身の表現として昇華された表現を見せる。1〜3までのことを踏まえた上での進化系


大体の選手は、4)に行きませんが、2)や3)で素敵な表現を見せてくれる選手はたくさんいます。
ゆかりさんは、2)の、その音楽性を理解し旋律に寄り添った動きを見せるというタイプでした。派手なことはやっていませんし、究極に音楽に一致している、というわけではないのかもしれません。ですが、とても品のある動きになります。彼女は少なくとも私の目からは、優雅に滑るタイプではありませんでしたが、旋律に寄り添った彼女の動きは「ああ、いいものを見たなぁ」と心地よい余韻を残してくれていたと思います。

それを特によく見せてくれた、と思ったのは、スペイン奇想曲シーズンのSP「幻想即興曲」です。

同シーズン浅田さんがFSで使っていたのであまり言及されませんでしたが。
ピアノの旋律に流れるようにすべるスケーティング、7つ目の要素にダブルアクセルを持ってくるところに気概を感じます。高速ドーナツスピンの後、鍵盤に指を置く姿勢でフィニッシュ……。よく浅田さんの「幻想即興曲」を「気品を感じる」とかおっしゃるファンがいますが、このゆかりさんの「幻想即興曲」は、ピアノそのものの音のようなプログラムで素敵だと思います。
信夫コーチのもとに行ってから、ゆかりさんのスケーティングは元々のアグレッシヴさは変わらずに、さらに品のいいものになったように思っています。マリーナ・ズウェワの振り付けが多かったですが、個人的にズウェワの振り付けは「スピードよりも、エッジが深くて丁寧で品のあるスケーティングの選手」の個性に非常にミットしているように思うので、個人的にですがトリノシーズンからのゆかりさんのプログラムにハズレはなかったです。

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綺麗な3Aに、目くるめくドーナツスピン。笑顔のスパイラルに、旋律に寄り添うような彼女の表現は、今でも私の中では女子選手のナンバーワンです。
個人的には、本当に、どの選手よりもオリンピックで滑る姿が見たかった。この時、日本の代表選考の基準を本当に心底憎たらしく思いました。これだったら本当に全米のように一発勝負のほうがいいのでは、と、今でも思っています。
引退後、フィギュア雑誌でさばさばと「スケートでやり残したことは、ないです!」と答えるゆかりさんを見て、ファンの私は一抹のさびしさを感じました。ですが、今ならば、ああ、やり残したことがないほど彼女の競技人生は充実したものだったんだな、と思えます。
そんな潔い彼女の演技は、今見ても「いいものを見たな」という心地よい余韻を私に残してくれます。この余韻こそが、彼女の演技の最大の魅力とも言えるのではないでしょうか。
だからこそ私は、彼女の演技の良さを、彼女の現役時代に、もっともっと広くの人に知ってほしかった、と思うのです。