スパイラルの神髄とは ――柔軟性よりも流れとスピードを

いよいよソチシーズンです。日本男女は最大枠ありますが、はてさて誰が行くことになりましょうか。女子は大体見当はついておりますが、男子は混沌としそうです。

さて。去年のルール改正で、女子フリーの必須要素だった「コレオスパイラル」、男子フリーの必須要素だった「コレオステップシークエンス」が廃止され、代わりに男女ともその枠に「コレオグラフィックシークエンス」が導入されました。
去年の日経に掲載された野口美穂さんの記事では、コレオグラフィックシークエンスの目的はこのように書かれています。

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■コレオシークエンスで求められる独創性と最後の盛り上げ

 ルール改正のもう一つの目玉はコレオシークエンスだ。昨季までの男子「コレオステップ」と、女子「コレオスパイラル」に代わるものとして作られた。ISUルールでは「あらゆる動きを取り入れた自由なパート」と定義している。
 これまでのステップのように「ステップ」「ターン」が主体になる動きではなく、プログラムの見せ場になる演技なら何でもアリ、というパートになる。女子は脚を腰より上に上げるスパイラル姿勢も入れる必要があるが、何秒以上という規定はない。
 つなぎの1回転ジャンプやスピン動作を入れてもいいし、男子が長いスパイラルで観客を魅了してもOKだ。

<フィギュア本格開幕 浅田、高橋…新ルールにどう挑む>
http://www.nikkei.com/article/DGXZZO47259040V11C12A0000000/

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スケートでできるより自由な動き、より自由に魅せるパートとして導入されたわけです。ですが、女子は「必ずスパイラルを取り入れなければならない」とされています。
さらに、去年ので恐縮なのですが、去年の日本語版 Communication 1724では……。


コレオグラフィック・シークェンスは,ステップ,ターン,スパイラル,アラベスク,スプレッド・イーグル,イナ・バウアー,ハイドロブレーディング,(リストに無い)繋ぎのジャンプ,回転動作といったあらゆる種類の動きから構成される.女子/ペアのコレオグラフィック・シークェンスでは,少なくとも任意の長さの1 つの(キックでない)スパイラルを含まなくてはならない(ペアの場合は両者によって行われる). シークェンスはスケーターの最初の動作で開始され,最後の動作で終了する.シークェンスの形状の制約はないが,氷面を十分に活用したものでなければならない.この要件が満たされない場合には,シークェンスは無価値となる.コレオグラフィック・シークェンスはフリー・スケーティングに含まれ,シングルではステップ・シークェンスの後に行われなければならない.コレオグラフィック・シークェンスには基礎値があり,ジャッジのGOE のみで評価される.

採点基準は次の感じです。
1) 流れがよく,エネルギーが十分で焦点の定まった演技
2) シークェンス中のスピード,またはスピードの加速が十分
3) 十分に明確で正確
4) 全身が関わり十分にコントロールされている
5) 独創的でオリジナリティがある
6) 無駄な力が全くない
7) プログラムのコンセプト/特徴を反映している
8) 音楽構造に要素が合っている


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もともとこれの全身になったのがコレオステップ、コレオスパイラルなのですが、このコレオステップ・スパイラルというのは、旧採点の時のような自由度があり、なおかつ魅力的なステップが見られないかと導入されたのでした。よく言われるのですが、魅力的だという指標だったステップがキャンデロロのダルタニアンステップ、ヤグディンのステップ、佐藤有香のステップ等ですが、それらは美しいとどれだけ賞賛されていても今の採点にしてしまえばレベル1になってしまいます。
そういった、ステップのレベルをとるだけではなく、コレオステップ・スパイラルは、ステップ事態の美しさや音楽との同調性を目指していたのですが、案外「従来のものとそんなに変わんないじゃん!」という声もあったようです。
そんなわけで、より自由に、より一層スケートの魅力を、音楽に似合った動きとともに見せてくれとして導入されたのがコレオグラフィックシークエンスでした。

日経の記事で、野口さんは「男子が長いスパイラルをしてもオッケー」と書いています。そう、男子が長いスパイラルをしてもいいですし、ロングイーグルで半周してもいいんですし、そもそも女子だって「規定だから」といってちょっとしかスパイラルポジションをとらない選手が多くなりましたが、そこで長ーいスパイラルをやってもいいんです。音楽に合わせた自由な動き、なんですから。

ですが……。最近の競技をみて、心底感じたことを書きます。ここからが本題です。

女子でもちゃんとしたロングスパイラルを見せてくれる選手が、減った!


また、昨今では「スパイラルは柔軟性があって」「足が高く上がっている選手」の特技である、専売特許であるというようなのがファンの中での認識でもあります。サーシャ・コーエンのスパイラル、浅田真央のスパイラルなどがそれですね。
ですが、サーシャ、浅田さんのスパイラルに、欠点がないわけではないのです。
ぶっちゃけて言えば、体が硬くてもスパイラルを行うのは全然大丈夫ですし、美しく見せることができます。
ではスパイラルの神髄とは何か? 今回は美しいスパイラルについてを書いていきたいと思います。


結論から言います。スパイラルの神髄とは。それは、スピードと流れ、軸のきれいな上半身、そしてスムーズなエッジチェンジです。

それは荒川さんのトリノ五輪トゥーランドットを見ればわかると思います。

Y字スパイラルから、手を放したY字。その過程でチェンジエッジをしていますが、自然な流れで行っています。そしてポジションを変えてバックビールマン
このスパイラルで凄いところは、スピードもエッジの流れも落ちていないこと。そして、リンクの端から端まで行っているところです。えぐいほどリンク使ってますよね。

荒川さんのほかに、日本選手でスパイラルといえば外せない選手がいます。それは誰か。
それは、中野友加里さんです。
昔の記事でも書きましたが、彼女は日本屈指のスパイラルの名手でした。
http://d.hatena.ne.jp/kurosakiion/20130110
中野友加里の良さを知って!」

昔の記事と重複してしまうのですが、彼女のスパイラルの魅力がわかる演技がこれ。「ムーランルージュ」のボレロ

当時(トリノシーズン)のルール上、スパイラルは3つ以上のポジションで行わなければならなかったのです。なのでこのシーズンではレベル4を獲れる選手が少なかったです。何秒以上このポジションをキープ、チェンジエッジ、流れ、エッジがぐらついているか、スピード等を今以上にジャッジが見ていた印象があります。
このスパイラルで素晴らしいのは、5つのポジションを行っていること、チェンジエッジのスムーズさ、足の高さが落ちない、上体が落ちていない、一つのポジションでの滑っている時間が長い、等に加え、スピードが落ちていないことがあげられます。
これぞスパイラル職人! と思わず言ってしまいたくなるようなスパイラルです。

また、上体が落ちていないってそんなに重要か、足が高く上がっている方がいいのではないかと言われそうですが、そんなあなたはバレリーナアラベスクを思い出してください。スケートとバレエを同じにするなと言われそうですが、スケートでもバレエでも、足が同じだけ高く上がっていたら綺麗に見えるのは上体がちゃんと起きている方です。荒川さんやゆかりさんが素晴らしいのは、上記のことを満たしつつ美しいポジションを行っていることでしょう。
柔軟性についてなんですが、これはサーシャや浅田さんのスパイラルが「足が高く上がっててきれい」「ポジションがきれい」など言われますが、スパイラルはきれいなポジションで滑るだけがスパイラルという技術を指すのではありません。同じ体制を保ったまま、「きれいにエッジチェンジができるか」「エッジを深く使っているか」「リンクを大きく使っているか」「流れとスピードがあるものか」「体の軸がぶれていないか」「上体が起きているか」をすべて満たしてからそこで初めて「柔軟性」というプラス要素が付くのです。浅田さんやサーシャのスパイラルのネックはその部分です。サーシャのスパイラルは柔軟性こそありましたが、エッジがグラグラして流れがありませんでした。浅田さんのスパイラルは、上半身が起きていません。

……まぁ、あらかーさんのトゥーランドットにせよ、ゆかりさんのボレロにせよ、これらのプログラムは新採点移行時なので、今のお話ではありません。今のスパイラルはもっと自由で、どんなポジションでもオッケーです。何を使ってもいいので、例えばゆかりさんのボレロのようなスパイラルを行うことだってルール上は可能です。
……ですが、ルールが変わったことによって、ロングの綺麗なスパイラルを行う選手が減ったのは残念でもあります。というか、行えない選手が減ったように思います。
それもそのはずで、バンクーバー後のルール改正ではショートの要素からスパイラルが廃止されました。つなぎの一つとして見られることになったのです。バンクーバーの時は1つのポジションを6秒以上×3でしたが、それがなくなったことによってプログラムを行う以上では相当楽になったと思います。
ですが、このルール改正は非常に危険です。なぜならば、スケートの一つの技術であった「足を高く上げた体制を保ったまま長く滑ることができる」というものがほとんど消えかかっているのとイコールで結べるからです。
現にいま、女子のスパイラルでどれだけの時間を使っているでしょうか。多くて3秒。リンクを半周使えばいい方です。これからの選手はどうなるでしょう。
同じようなことが男子にも言えます。タケシのアランフェスのようなイーグルなんて、今では見られません。旧採点で男子が行ってくれたような豪速スパイラルは、いまではあまりお目にかかれません。
ロングイーグル、男子スパイラル、女子ロングスパイラルはほぼ絶滅と言ってもよくなってしまったでしょう。